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癌患者の気持ちを理解するためには【具体例】

癌患者の気持ちを理解するための具体例をお話しします(当時、小児がん患者だった私の体験をもとにしています)。

まず、癌(ガン)患者の気持ちを理解することは大変難しいことなのです。
私自身、癌を発症した時もこころを閉ざし、周りの人の理解を助けるような余裕がありませんでした。
僕の気持ちなんかわかるはずがないと、
当時10歳の僕は思っていたのです。
患者さんのことを、いろんな面でサポートしてくださる心の温かい方々がおられますが、患者さんの心は、周りの誰も寄せ付けない気持ちに支配されており、癌患者さんの気持ちを理解するためには、最初に、閉ざした心を開いてもらえるように働きかけをすることです。
【① 患者さんの閉ざした心を開くこと】
この方法の具体例は、患者さんによってケースバイケースです。
今回は、ひとつの例としてお話しします。
患者さんは、とっても孤独感を感じています。ですが、その孤独感の中に他者が無理矢理入ろうとすると、余計に心を閉ざしてしまいます。
◼️患者さんのペースに合わせて会話をする
・焦らずに
・時間をかけてゆっくりと
・患者さんから返事を返されたら、また、話しかけるくらいのペースで、しばらく続けます
少し矛盾する話ですが、時折、一人にさせて欲しくなります。
以前、お話いたしましたが、癌を発症すると、孤独感に包まれてしまい、とっても寂しくなります。孤独感に包まれるとたいへん辛くなることから、誰か近親者に傍で寄り添って貰いたいものなのですが、時折、一人にして欲しいこともあるのです。癌を発症すると、心が不安定になることがあります。ゆっくりと時間をかけて対応をするように心がけましょう。

ガンと闘う生命【小児がんサバイバー研究①】

ガンと闘う生命
【小児がんサバイバー研究】

私が骨肉腫を発症した(10歳)のは、今から約40年前のこと。
小児がんサバイバーが受けた過酷な治療については、がん疾患の影響だけではなく、その治療による影響がとても大きく無視できないことだと言われ、問題視されている。
がん治療後に、小児がんサバイバーが人生を生きる上で、進学や就職の際に感じる支障や障害に対しては、支援できる体制が必要と考える。
しかしながら、小児がんサバイバーの抱える諸問題が社会の中で取り上げられることが少ないため、その重要性があまり知られていないことが問題であると考える。

人の命は尊い

人は、切なく、苦しく、悲しいことに

苦痛を覚える

人は、嬉しく、明るく、楽しいことに

歓びを感じる

そして

人生の先をめざして歩く

できることならば、

苦痛よりも、ほんの少しだけ歓びを

多くなるように足して下さい

少しだけ

すると

目線が変わり

一線の光が

あなたに届きます

ほっし

骨肉腫サバイバーダンサーstory3

骨肉腫サバイバーダンサー

私はプロダンサーです。信じられないかも知れませんが、右足付け根部に骨肉腫を発症したにも関わらず、骨肉腫発症から約20年後に、私はプロダンサーになりました。
私は、10歳の夏に骨肉腫を右足付け根部に発症。
主治医の先生は、その私の状態から絶望的な結果も想定したくらいの状態だった。
私は、主治医の先生から、右足切断の説明と、承諾確認をされました。
右足の切断は、私の今後の人生にとって、とても大きな影響を与えることでしょう。
もし、当時私の右足を切断されていたら、今、そして、今に至る人生経験は全く異なった結果になっていたのだろう。
プロダンサーになった私は、ダンスを通じてたくさんの仲間ができました。
そして、ダンスを通じて人生を楽しむことができた。
幸せを感じながらダンスを踊り、そのダンスを人に見てもらうことで、見る人を幸せな気持ちにすることもできた。
私の右足は、百万分の一いや、一千万分の一の確率で奇跡的に残された、奇跡の右足なのです。
私の右足付け根は、軟骨が切除された状態であり、骨肉腫の手術を行ってから40年が経過した今でも、その違和感と歩行時の違和感が残っている。
しかし、そんなことは全く問題にならない。
私は、この残された右足を大切に使って、そして、この右足を使って活動し、世の中の人々を幸せにしたい。
私は、ダンスを始めた。
最初は、自身の興味から始めたが、ダンスを通して、人々との心の繋がりができてきた。
人々との繋がりは、鋼鉄製の鎖よりも強固で、美しい光を放つことをダンスに教えて貰った。

Osteosarcoma Survivor Dancer story3

Osteosarcoma Survivor Dancer

I am a professional dancer. Believe it or not, I became a professional dancer about 20 years after the onset of osteosarcoma, despite the onset of osteosarcoma at the base of my right foot.
I developed osteosarcoma at the base of my right foot in the summer of 10 years old.
The doctor in charge was in a state where I expected a desperate result from my condition.
My doctor explained to me about amputation of my right leg and confirmed my consent.
Amputation of the right leg will have a huge impact on my future life.
If my right leg had been amputated at the time, my life experience now and now would have been quite different.
As a professional dancer, I made many friends through dance.
And I was able to enjoy my life through dancing.
By dancing the dance while feeling happy and having people see the dance, I was able to make the viewer happy.
My right foot is a miraculous right foot that was miraculously left behind with a one-millionth or one-millionth chance.

The cartilage has been removed from the base of my right foot, and even now, 40 years after the osteosarcoma surgery, that discomfort and discomfort during walking still remain.
But that doesn’t matter at all.
I want to take good care of this left foot and work with this right foot to make people in the world happy.
I started dancing.
At first, I started with my own interests, but through dance, I have been able to connect with people.
Dance taught me that the connection with people is stronger than the steel chains and gives off a beautiful light.

骨肉腫サバイバーダンサー story2

骨肉腫サバイバーダンサー

私はプロダンサーです。信じられないかも知れませんが、右足付け根部に骨肉腫を発症したにも関わらず、骨肉腫発症から約20年後に、私はプロダンサーになりました。
私は、10歳の夏に骨肉腫を右足付け根部に発症。
主治医の先生は、その私の状態から絶望的な結果も想定したくらいの状態だった。
私は、主治医の先生から、右足切断の説明と、承諾確認をされました。
右足の切断は、私の今後の人生にとって、とても大きな影響を与えることでしょう。
もし、当時私の右足を切断されていたら、今、そして、今に至る人生経験は全く異なった結果になっていたのだろう。
プロダンサーになった私は、ダンスを通じてたくさんの仲間ができました。
そして、ダンスを通じて人生を楽しむことができた。
幸せを感じながらダンスを踊り、そのダンスを人に見てもらうことで、見る人を幸せな気持ちにすることもできた。
私の右足は、百万分の一いや、一千万分の一の確率で奇跡的に残された、奇跡の右足なのです。
当時の執刀医である院長先生は、私に言いました。「数日発見が遅れていたら、右足は切断していたかもしれません。
助かった右足を、これからたくさん使って活躍してあげてください。」この右足は私の人生の友です。
共に癌と闘い、癌に勝った右足は、私にとっての宝物です。

What to do before your child is notified of cancer ①

What to do before your child is notified of cancer

It is a story assuming a very heavy situation. But when we actually face this problem, we must accept the harsh reality as an inescapable fact.
What’s more, if you are a child, you will have to face the harsh reality, and as a parent, you will be cut off.
What should we do if this situation actually occurs? Or how do we have to deal with it?
As a childhood cancer survivor, I will talk about what to do in this situation based on my experience.
I developed osteosarcoma when I was 10 years old.
The doctor in charge confirmed the approval of the amputation of the right leg, abandoned the surgery depending on the condition of metastasis, and explained about life expectancy.

During the explanation from my doctor, my mother who was crying, and the shock and sadness that I couldn’t even talk about in a single word, and the very complicated emotions rushed in, and my heart was almost crushed.
In the case of childhood cancer, there are pros and cons as to whether or not to notify the child who has developed the cancer, and I think it is a case-by-case basis.
I will talk about the pros and cons of this at some point.

◼️ What to do before your child is notified of cancer
① Please be close to your child and have a lot of conversations.
If possible, sleep by your side even at bedtime.
Even a child about 10 years old feels a casual atmosphere and realizes that something terrible is happening to him even before he is notified of cancer.
Anyway, please try to stay by your side so that you don’t feel lonely.
In a relaxing environment, such as reading a book together or watching TV or YouTube, if you snuggle up and talk a lot, your child’s mind will calm down and the anxiety will gradually disappear.
After this, look at the face of your child who is notified of cancer and be careful not to start crying.

我が子が癌告知を受ける前にすること ②

我が子が癌告知を受ける前にすること

とっても重い状況を想定したお話です。しかし、実際にこの問題に直面したとき、逃れられない事実として、厳しい現実を受け止めなくてはいけません。
しかも、その厳しい現実と向き合わなくてはいけないのが、お子さんの場合には、親としては、身を切られる思いでしょう。
実際にこのような状況となった場合に、どのように対処したら良いのか。もしくは、どのように対処しなくてはいけないのか。
このような状況を想定した対処内容を、小児がんサバイバーの私が、私の経験のもとにお話しさせていただきます。
私は10歳の時に、骨肉腫を発症しました。
主治医の先生から、右足切断の了承確認と、転移の状態によっては手術の断念、そして、余命についての説明を受けました。
主治医の先生からの説明中に、泣き崩れる母親、そして、私自身も一言では語り尽くせない衝撃や悲しみ、とても複雑な感情が押し寄せ、心がつぶれてしまいそうになりました。
小児がんの場合には、癌を発症したお子さんに癌の告知をするべきか否かについては、賛否両論で、ケースバイケースだと思います。
この賛否について、はいつかの機会にお話しさせていただきます。

喘息(ぜんそく)発作を起こさせないポイント【冬着】

喘息(ぜんそく)発作を起こさせないポイント【冬着】

② 身体を保温する。
とにかく、身体を冷やさないことです。寒いお部屋に長時間いるだけでも、喘息の発作が出ることがあります。
私の経験上、室温が一桁のお部屋に一時間も滞在するだけで、身体の冷えと、喉の冷えから、気管支が炎症を起こす兆候が表れて、気がついたらすでに遅しとなり、喘息の発作特有の、ヒーヒーと呼吸音が鳴って、発作へと繋がります。とにもかくにも、身体をひやさないことです。
お部屋にいるとき、そしてどこかに、外出の時には、暖かい服を着ることです。
そして、その冬着は機能的なものが理想的です。
暖かく、保温性の良いもの。そして、喘息にとって大敵の喉の冷えを防いでくれるネックウォーマーの効果も大切なポイントです。私の経験上、気管支喘息の場合には、喉のケアがとても大切なポイントですので、首周りのデザインに機能性として、防寒性能と、保温性、肌触りが重要です。
今年の冬季は、防寒性能の優れたものを効果的に利用して、お身体を温めて、喘息発作からお守りください。

喘息(ぜんそく)発作を起こさせないポイント【冬】

喘息(ぜんそく)発作を起こさせないポイント【冬】

私は幼少の時、12月という時期は、ほとんどを自宅過ごしていました。
小学校に登校しても、夕方から夜にかけて、喘息の発作が起きてしまい、その日は、発作の為(激しい呼吸困難と、嘔吐)一睡もできず、翌朝から学校をお休みしていました。
今の季節はとっても、気を付けなくてはいけないのです。
では、どんなことに気を付けなくてはいけないのかを、喘息歴数十年の私から解説させていただきます。
① 身体を冷やさない
特に喉は、冷やさないことです。厚着をしても、喉が冷えてしまうと、発作が起きるかもしれません。私の幼少の頃は、あまり見かけなかったのですが、ネックウォーマーがベストです。
ハイネックのウエアでも良いですね。
飲み物にもお気をつけください。冷たいものばかり飲んでいると、喉が冷え、そして、身体も冷えてしまいます。なるべく暖かいものを飲まれることをおすすめいたします。
暖かいお部屋で、ユッタリとお過ごしください。
喘息の発作は、体力の消耗も大きく影響しています。部活やお仕事などで、からだの疲れを感じましたら、早めにユッタリとお休みください。
長い冬、暖かくして冬を楽しんでください。